2024年02月
注目が高まる債券市場-2024年の3つの主要テーマ
本稿では、経済成長、インフレ率、中央銀行の政策や不確実な環境下でのポートフォリオ構築などの債券投資家が直面する喫緊の課題について債券共同CIOのPilar Gomez-Bravoがご説明します。
Pilar Gomez-Bravo, CFA
債券共同CIO
2023年を振り返ると2つの点が注目されます。それは、銘柄選択が引き続き重要であった点と金利のボラティリティが高まった点です。後者については、インフレ率の低下を踏まえれば理論的にボラティリティは低下していたはずですが、逆に、全体として見ると、インフレ率の低下は債券における一貫したリターン獲得の妨げとなりました。しかし、高いボラティリティによって市場に大幅な歪みが生じたことは、アクティブ運用マネジャーにとってはポートフォリオ構築とリスク管理の面でこういった歪みを機動的に利用することにも繋がります。
以下では、2024年の主要なテーマに関する考えと、MFSが市場見通しに基づいてどのようにポートフォリオを構築しているかについて説明します。
債券投資家は2024年もインフレ率、経済成長、中央銀行の政策に注意を払う必要があります。インフレ率は目標水準まで低下するでしょうか?経済成長はソフト、ハードあるいはノーランディングのいずれに向かっているのでしょうか?市場は中央銀行による利下げの幅や時期をどの程度正確に織り込んでいるのでしょうか?
世界のインフレ率は低下し続けていますが、それでも中央銀行が設定した2%目標の達成を妨げかねない3つの要素を注視していく必要があります。第1はエネルギー価格で、ベース効果により、また予想インフレ率の引き下げを通じて、2023年のインフレ率の低下に貢献しました。第2の単位労働コストは、賃金の伸びに見られるように中央銀行が期待するよりも依然として高い水準にあります。ただし、欧州や英国などでは生産性の低さが実際には単位労働コストの障害となっています。企業は利益率を確保するために、さらなる値上げを消費者に転嫁しようとする可能性があります。第3は財政政策です。これは世界中で多くの選挙が実施されることを踏まえたものです。選挙が終わるまで財政の方向性に重大な変化が生じる可能性は低いことから、今回の景気サイクルが終わって次のサイクルに向かうときには、これがはるかに(インフレの)大きな要因になる可能性があります。
経済成長をめぐっては、どのような着地をするのか、つまりハードランディングかソフトラ ンディングあるいはノーランディングになるのかということが主な問題となっています。しかし、たとえソフトランディングを達成したとしても、その多くの部分はすでに市場、特に株式やクレジットなどのリスク資産の価格に織り込まれているとみています。ソフトランディングには中央銀行の積極的な利下げが必要ですが、追加利下げは既に織り込み済みであり、イールドカーブの短期ゾーンがアウトパフォームすると考えられます。デフォルト率と失業率の上昇を伴う景気後退を意味するハードランディングは、市場に織り込まれているとはいえず、イールドカーブ全体にわたって利回りが大幅に低下し、同時にカーブのスティープ化につながると考えます。2024年がノーランディングとなった場合は、さらに先の時期に非常に強烈なハードランディングが起きる可能性が高くなります。したがって、テール・リスクとしては、有害な景気後退が起きる可能性の方が高いように見えます。
中央銀行に関しては、金融政策の最終的な結果だけでなく、そこに至る過程を理解することも重要です。市場は利上げの停止と金利がピークに達した可能性に注目していますが、中央銀行がどの程度急速に利下げをするかは不透明です。中央銀行は賃金上昇、とりわけサービス部門における伸び率を引き続き注視するとみられます。賃金の上昇率は低下していますが、インフレ率が目標に達して政策当局者が安心するにはまだ高すぎる水準です。利下げの幅に関しては市場で織り込まれている水準に異論はありませんが、市場が予想する利下げの開始時期は早すぎると考えています。
今年、企業と米国の消費者はどのように動くでしょうか。企業の財務体質は依然として堅固 ですが、信用指標が悪化し始めています。2023年に企業は驚くほどの底堅さを示しましたが、 2024年は売上への圧力が強まる中で利益率をどのように維持するかがカギになると考えます。消費者向け企業の一部は販売の減少を発表していますが、当面、この減少は価格の上昇で 一部相殺されるとみられます。実質売上成長の低下が失業をもたらし景気後退の深刻化につ ながることが懸念されます。ソフトランディングのシナリオの実現は時間との勝負です。
ハイイールド(HY)債券、投資適格(IG)債券のいずれについても、高い借り換え金利がバランスシートを直撃する前に、積極的な利下げが実施される必要があると考えます。この場合、債券は好調なパフォーマンスを続けると見込まれます。米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)が2024年後半に向けて「より長くより高い」金利サイクルを選択する場合、企業のバランスシートがこれに耐えられるかどうかが非常に懸念されます。
このような環境では、銘柄選択とファンダメンタルズ・リサーチが何よりも重要になります。債券投資家は、企業の堅調なキャッシュフローの創出、流動性ニーズ、資金調達源へのアクセスとその分散、資産売却の必要性が生じた場合の資産基盤、および営業レバレッジに注目する必要があると考えます。
米国の消費者の耐性に関しては、消費は減りつつあるもののまだ過剰貯蓄を保有しており、クレジットカードで支出を賄うことに満足しているように見えます。支出が継続するかどうかは、特に低所得層が仕事を続けられるかどうかによって左右されます。失業保険申請件数や資産担保証券の延滞率を注視する方針です。
債券市場の脆弱性に関して言えば、最大のリスクは、いつもそうですが、損切りを迫られた売り手が取引相手を探す必要があるときに起きるレバレッジの急速な巻き戻しです。英国で起きたLDI(債務連動型運用)に絡む危機は、流動性の低い市場で損切りせざるを得なくなったときに何が起きるかを示した最新の事例です。レバレッジの巻き戻しを監視するにも、レバレッジがどこに存在しているか予想することは本質的に困難です。
特に、景気サイクル終盤にデフォルトの増加で資本の損失が膨らんでいる場合に損失を実現化しなければならない債券保有者が懸念されます。これには、資産と負債のミスマッチがある保険会社や年金基金が該当する可能性があります。高レバレッジと低金利に依存するビジネス・モデルを持つ投資家も脆弱性の原因になります。資金調達コストが非常に高く、そのビジネス・モデルがもはや成り立たないように見えるヘッジファンドが償還リスクにさらされる可能性もあります。プライベート・クレジットはシステミック・リスクをもたらさないように見えますが、キャピタル・ロスを引き起こす可能性があります。
マネーサプライの急減は景気後退の一因になることが多いため、中央銀行による流動性の吸収も脆弱性をもたらす可能性があります。貸出条件の厳格化に伴い、銀行は資産の質への懸念から貸倒引当金を積み増し始めています。金利上昇に加え、量的引き締めやFRBのリバース・レポの変化も流動性に影響を与えています。
最後に、クラウディッド・トレード(投資家の資金が集まり、売買が活発に行われている取引)にも脆弱性のリスクがあり、これを監視し、できる限り回避するべきと考えます。投資家が(利上げ)サイクル終了とソフトランディング・シナリオに適したポジションを取る中で、多くのクラウディッド・トレードが現在行われています。そのため、我々は投資している市場におけるこのような部分を注意深く監視しています。
ロング・デュレーションからイールドカーブ・スティープ化への移行。我々は、ロング・デュレーションのポジションの利益を一部確定し、イールドカーブのスティープ化を狙ったポジションを主に米国でとっています。この取引はキャリーがマイナスになるため、より革新的な手法で行っています。デュレーションのロングはいくらか保持しておきたいと考えています。ただし、我々の基本シナリオはどのようなランディング(着地)になるにしろ利回りは低下するというものです。地域別では、景気後退の影響を米国よりも受けやすい欧州や、それより程度は低いものの英国を選好しています。
IG債券をオーバーウェイトとする一方、HY債券への資金配分を削減。クレジットのエクスポージャーについては価格の大幅な上昇を受けて利益を確定しましたが、依然としてIG債券をオーバーウェイトとしています。2024年は供給がほとんどなく投資家は魅力的な利回りを確定させようとするため、このポジションは依然として成功確率が高いと考えています。HY債券へのエクスポージャーは継続しつつも、一部削減しました。HY市場はより脆弱になっており、過去に比べてスプレッドが比較的縮小しているためです。
より質の高いスプレッド・エクスポージャーの構築。国際機関債や不動産担保証券などを買い増したいと考えており、こういったより質の高い債券の分野で時間をかけてポジションを構築する方針です。
米ドル・ポジションのオーバーウェイトを大幅に削減。米ドルを対高利回り通貨でオーバーウェイトにしてきましたが、中立的ポジションに変更しました。米国だけで例外的に高成長が続く場合や米ドルが安全資産と見なされるリスクオフ環境になる場合には、米ドルを再びロングにする方針です。
経済がどこに着地するとしても利回りが低下する可能性。短期的には米10年国債の価格は適正に見えますが、利下げサイクルが始まると、ソフトランディングの場合、利回りが低下する可能性があり、ハードランディングの場合は確実に低下するとみています。ソフトランディングの場合、100ベーシスポイント(bp)から200bpの利下げが見込まれます。ハードランディングとなれば、FRBは200bpから300bp引き下げ、イールドカーブ全体が下方にシフトする可能性があります。そのため、我々は金利のボラティリティ、さらにポジショニングやデュレーションを機動的に変化させる必要性を認識しつつ、ある程度のロング・デュレーションを引き続き推奨しています。
インフレ連動債と固定利付債のどちらを選好するかはランディング次第。実質利回りは中央銀行の金融政策に対する予想に従って変動する傾向があります。現在、インフレ連動債のブレークイーブン・インフレ率は妥当か少し低い水準です。ソフトまたはノーランディングのシナリオでは、ブレークイーブンが拡大するため固定利付債よりもインフレ連動債の方が有利であると考えています。ハードランディングの場合は、ブレークイーブン・インフレ率は大幅に低下し、インフレ連動債はアンダーパフォームするとみています。インフレ連動債にとって最悪のシナリオは、ボラティリティが高い非常にハードなランディング・シナリオです。インフレ連動債は急落し、足の速い資金やレバレッジを利かせていた資金が大量にこの資産クラスから撤退するでしょう。しかし、こういった状況はアクティブ・マネジャーがリターンを上げるために利用できる短期的な混乱であり、我々はインフレ連動債市場全体の状況をモニタリングしています。
不動産担保証券は中長期的に魅力的。最近、不動産担保証券(MBS)への関心が高まり、スプレッドは大幅に縮小しています。このバリュエーションを考慮しても、社債の代替として引き続きMBSを選好しており、中長期的に依然として魅力的であると考えています。MBSはボラティリティの短期見通しを低コストで示すことができるうえ、イールドカーブのスティープ化も効果的に示します。我々は、この資産クラスの低クーポン債をアンダーウェイトにするとともに、リスクウェイトが9%で銀行に人気があるジニーメイ(米国政府抵当金庫)債を選好しています。幸いなことに、MFSには経験豊富なMBS運用のチームがあり、広範な資産プールの中から我々が好む独自の担保を見つけることができます。
レ バレッジド・ローンよりもHY債券を選好。いくつかの理由から、レバレッジド・ローンよりもHY債券を選好しています。加重平均したクレジットの質は、HY債券の方がレバレッジド・ローンより高くなっています。多くのローンはローン単独の資本構造となっており、債券と ロ ーンの資本構造が混在していた以前のサイクルと同じような回復を期待できません。「より高くより長く」という金利シナリオはローンにとってマイナスです。ローンのみの構造の金利コストは高く、融資先企業のフリー・キャッシュフローを圧迫します。また、ソフトランディングを想定する場合、HY債券を通じたデュレーションのエクスポージャーが選好され、テクニカル要因で動く短期投資家よりも長期投資家からの需要の方が多い傾向にあります。
インプライド・クレジット・ボラティリティが低いため、デリバティブを利用したエクスポージャーのコストは低い。ここ18カ月ほどみられた債券市場における珍しい特徴は、短期金利市場で高ボラティリティが続いた一方、クレジット市場や株式市場のボラティリティが低かったことです。インフレ統計の振れ幅が縮小すれば、短期金利のボラティリティは低下すると考えられますが、これは中央銀行の政策や発信によって大きく左右されます。「遅れないためには早くしなければならない」という信条はここでも当てはまります。市場に流動性が不足しているときに流動性を供給できるように、市場の混乱やボラティリティの上昇を見越してポートフォリオのポジションをとることが賢明です。現在、クレジット市場のインプライド・ボラティリティは約5年ぶりの低水準となっており、我々はこの機会を利用して、クレジット・デリバティブを現物市場と比較しながら慎重に活用することにより、より良いリスク・エクスポージャーのプロファイルを構築しつつあります。クレジット市場のボラティリティの上昇を見込むのであれば、これらの金融商品を利用することでポートフォリオをより低コストで保護し、より効率的にリスクを構築することができると考えます。
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