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エマージング債券投資家は高金利の長期化を懸念すべきか?

本稿では、金利の上昇がエマージング・ソブリン債券投資家に与えうる影響について考察します。

執筆者

Zachary Knope, CFA
リード・リサーチ・アナリスト
インベストメント・ソリューション・ グループ 

概要

  • 本稿では、金利の上昇がエマージング・ソブリン債券投資家に与えうる影響について考察します。
  • 米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げは終了したようであり、現在市場では2024年の利下げ開始が見込まれています。しかし、根強いインフレ圧力に加え、米国の経済成長と雇用市場は堅調であり、生産性も高いことから、米国の金利は世界金融危機後やコロナ禍前を大幅に上回る水準にとどまる可能性が高まっています。
  • エマージング債券は強固なファンダメンタルズを有しており、利回り獲得の機会とデュレーション・エクスポージャーを提供することから、リスク許容度の高い長期の債券投資家に魅力的な投資機会をもたらしますが、金利が過去10年の低水準を上回って推移する中、国と発行体の選択を慎重に行うアクティブ運用のアプローチが不可欠になります。

各国・地域の中央銀行が数十年ぶりの高水準に金利を引き上げたことで、インフレは減速に転じましたが、世界の労働市場は底堅さを維持しており、達成が困難とされる「ソフトランディング」への道が開けてきました。その結果、米国の金利は世界金融危機後の大半の期間を上回る水準にとどまる可能性が高まっており、これに伴い、持続的な高金利はエマージング債券にどのような影響を及ぼすのか、という疑問が生じています。

エマージング債券投資の歴史は比較的浅いことから、現在と同じような状況はこれまで稀にしか起きていません。その1つに、1990年代半ばから後半にかけて実現したソフトランディングがあります。この時、米国の政策金利は4.75~6.50%の範囲で推移していましたが、その後、ドットコム・バブルが崩壊して2001年には本格的な利下げサイクルが始まりました。

1990年代はエマージング債券にとって困難な時代となり、債務不履行が多発したほか、通貨危機、ボラティリティの著しい上昇が発生しました。さらに、エマージング諸国のマクロ経済環境も今とは大きく異なっていました。当時は、多くのエマージング諸国が固定為替相場制を採用しており、国家間で自由な資本移動が可能な中、これが重要な脆弱性をもたらしました。現在、固定為替相場制を採用しているエマージング諸国は非常に少なくなっており、多くの国が資本へのアクセスを強化して成長を可能にするために実施してきた政策面、制度面および財政面の改革の進展を反映し、エマージング市場の状況はかなり成熟しています。

それでも、現在の高金利環境によってエマージング債券投資家は影響を受けることになり、国と発行体の選択を慎重に行うアクティブ運用のアプローチが必要になると考えます。以下では、このように環境が変化する中でエマージング債券投資家が考慮すべき重要ないくつかの要素について検証します。

ファンダメンタルズに注目する 

高金利がエマージング諸国の発行体に及ぼす最大の影響は、債務返済コストの上昇であり、これにより資金の借り入れや債務の返済がより困難になります。その結果、エマージング諸国による資本の生産的な利用が制限されるため、経済成長が圧迫され、経済の不確実性も高まる可能性があります。図表1に示した通り、エマージング債券の利回りはコロナ禍前の平均5.6%からコロナ禍後には平均8.5%に大きく上昇しています。

しかし、こうした利回りの急上昇にもかかわらず、多くのエマージング諸国では金利コストの上昇によって財政が困難に陥る可能性は低いと思われます。その理由として、債券の満期の壁(償還年限)が分散されていることに加え、対外債務、外貨準備、財政収支といった複数の財政指標の状況、これまでの改善と盤石さが挙げられます。

今後償還を迎えるエマージング債券が有する満期の壁の分散状況は、高金利の影響がどのように波及するのかを知る上で手掛かりになるものであり、この特徴を考慮すると、影響はすぐには現れないと判断することができます。それどころか、クーポン・レートが相対的に低い債券が償還され、現在の利回り水準で発行される高いクーポン・レートの債券に取って代わられるまでには時間がかかり、全体的な資本コストの上昇は段階的になると思われます。図表2は、既存の債務残高の多くが過去10年間の有利な金利で調達されており、現在の金利上昇の影響が回避されていることを示しています。 

次に、エマージング債券に占める対外債務の割合も、同資産クラスの借入コストの上昇を補完し、管理可能な水準にとどまる要因になっています。対外債務とはその名が示す通り、非居住者が保有する居住者発行債務の残高を示すものであり、これには考慮すべき2つの重要な傾向があります。1つ目は、エマージング諸国の対外債務の増加は主に民間セクターによるものであり、政府の対外債務残高は持続可能な水準にとどまっていることです。2つ目は、対外債務の対GDP比率がコロナ禍後に改善していることです。近年は、インフレが輸出価格の上昇という形で、特にエネルギー輸出国の名目GDP成長率を支えており1、対外債務の対GDP比率の改善に寄与しています。

さらに、もう1つの重要な要因として外貨準備があります。現在の外貨準備の水準は、多くのエマージング諸国が債務返済コストの上昇に耐えられることを示唆しています。過去には経済に悪影響が生じる予期せぬ事象が発生し、エマージング諸国への資本流入が抑制されたことがありましたが、このような場合に外貨準備はバッファーとして機能するため、こうした事象への対応を可能にする各国の柔軟性を評価する指標として使用できます。外貨準備高の制約を受けない現地通貨建て債務とは異なり、ハードカレンシー建て債務を保有する投資家にとって、外貨準備高は短期的な債務履行能力を評価する上で特に重要です。

どの国についても外貨準備の適正水準を判断するのは困難な作業であり、短期債務の水準、資本逃避リスク、輸入の持続可能性、経済全体のマネーサプライなどの各要素のバランスをとると同時に、現金を保有する機会費用と資金をどこか別の分野に効率的に投資する機会費用を比較検討しなければなりません2

外貨準備の適正水準を評価する指標の1つとして、各国の外貨準備高から短期の外貨建て債務(公的債務と民間債務)の総額と経常赤字額を差し引いた値があります3。図表4を見ると、多くのエマージング諸国の外貨準備が健全な水準にあることが分かります。しかし、例外の国もあるため、エマージング諸国への投資では適切な国別選択を行うアクティブ運用が最も重要になります。

最後の要因として、財政収支があります。これは、資本コストが上昇する中、最も重要な指標と言えるものであり、政府支出がどれだけ国債による資金調達に依存しているかを測定するのに有効です。コロナ禍で世界各国が前例のない経済支援を行ったため、この時期に財政収支は急激に悪化しましたが、その後は安定し、回復しています。

国家の財政収支に影響を与える要因は多数あります。歳入は、各国の税制や補助金の影響を受けるほか、過去の財政支出による影響もあります。また、金利が上昇した局面では、支出管理を行って債務が手に負えない水準に膨らまないようにしながら、利払いと返済を確実に履行することが重要になります。現在、エマージング諸国の財政収支は全体としては先進国と同等の状態にあり、先進国債券に対するエマージング債券のイールド・プレミアム(上乗せ利回り)が実質的な価値をもたらす可能性があることが示唆されています。これは、エマージング債券投資家にとって朗報です。しかし、金利が上昇した状況で現在の財政収支は持続可能なのでしょうか。

この問いについて検証する方法の1つとして、ソブリン債のデフォルト・リスクに対して保険のような役割を果たすクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の需要を調べるというやり方があります。現在、エマージング債券のCDSスプレッドは過去10年間の平均を大きく下回っており、市場ではエマージング債券全体にデフォルトが拡大するリスクは懸念されていないことが示されています。

ファンダメンタルズが健全である場合、金利の上昇は将来のリターン にどのような影響をもたらすのか?

スプレッドと利回りを見ると、現在のエマージング債券のバリュエーションは、高金利環境の中で慎重に検討すべき水準にあると判断できます。利上げによって景気後退に陥るハードランディングが起きた場合、通常は信用リスクの高まりを反映してスプレッドは拡大します。しかし、スプレッドが縮小するのを待つことができる投資家にとっては、こうしたスプレッドの拡大はエマージング債券投資を開始する魅力的なエントリーポイントになることが多いと言えます。市場のセンチメントがソフトランディングを見込んでいる現在の環境では、エマージング・ソブリン債のスプレッドは表面上は近年と比較して適正な水準で取引されていますが、より詳細に分析したところ、指数の中で信用の質が相対的に高いセグメントのスプレッドが割高になっていることが分かりました。これは、これらのゾーンが割安ではないということではなく、投資機会を発掘して選択的に活用するスキルと専門知識を持つマネジャーにプレミアムが付されていると考えるのが適切です。

スプレッドは慎重に選択する必要がありますが、エマージング債券の利回りは魅力的であり、歴史的に長期的なリターンの原動力となってきた高いクーポン・レートを確保する機会を投資家に提供してくれます。

図表8を見ると、投資開始時の利回りと過去の年率リターンとの間に高い相関関係があることがわかります。例えば、2024年4月1日時点で投資開始時の利回りが7.8%の場合、投資開始時からの利回りの変動幅が+/-30bpsの範囲と想定すると、その後の5年間の年率リターンの中央値は8.1%、リターンのレンジは4.8%~10.3%となっています。  

エマージング債券には高いリスクが伴いますが、これは世界の債券の中でも特に高い利回りを提供する資産クラスの1つであり、またエマージング債券の3つの資産クラス(ソブリン債、社債、現地通貨建て債)はいずれも利回り対比で魅力的なデュレーションを提供しており、インフレの正常化が続く中で世界の中央銀行が利下げに踏み切った場合、恩恵を受ける可能性があります。

結論 

コロナ禍後の金利上昇によって、世界中の借り手は債務返済が困難になりつつあります。しかしエマージング諸国では、財政指標、制度および政策において大きな進展が見られる中、エマージング債券は強固なファンダメンタルズを維持しており、金利上昇局面を乗り切るための準備が整っています。したがって、高水準の利回りとデュレーションへのエクスポージャーを考慮すると、エマージング債券には魅力的な投資機会があると言えます。しかし、この資産クラスには固有の性質があり、また投資可能な債券が広範囲に及ぶことから、下振れリスクを管理しながら市場の一時的な歪みから生じる投資機会を捉えるためには、国と発行体の選択に焦点を当てた強固なリサーチとリスク管理のプロセスに裏打ちされたアクティブ運用アプローチが不可欠です。

巻末脚注

1 Marney、Szentivanyi、Poojary&Lalaguna、「Emerging Markets Debt & Fiscal Indicators–2022」、2022年11月。J. P. Morgan Research。

2 Arslan & Cantu。「The Size of Foreign Exchange Reserves」、2019年10月31日。国際決済銀行。

3 Davis & Sagnanert。「Emerging-Market Countries Insulate Themselves from Fed Rate Hikes」、2023年8月8日。ダラス連邦準備銀行

 

エマージング市場は、先進国市場に比べて市場の構造化および深化が進んでおらず、規制上、保管・管理上または運営上の監視制度が十分に発達しておらず、政治的、社会的、地政学的、経済的な不安定性が高い場合があります。

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