2024年11月
米国選挙結果がエマージング債券へ及ぼす影響
本稿では、先の米国選挙の結果がエマージング債券にとって何を意味しているか、今後の潜在的な機会と障壁、そしてMFSの運用チームが検討しているポートフォリオの調整についてご紹介します。
ドナルド・トランプ次期米大統領の政権復帰は、米ドル高、米国債利回りの上昇、関税引き上げのリスクなど、新たな不確実性と逆風をエマージング市場にもたらします。しかし、共和党が議会を席巻し、エマージング諸国の経済にとって支援材料となる成長政策が打ち出されることへの期待感から、経済のソフトランディングの可能性も高まっています。さらに、米連邦準備制度理事会(FRB)は直近2回の連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げに動いており、またエマージング諸国の中央銀行の緩和サイクルも概ね進行中です。また、中国経済が幾分安定化すると予想しており、これもエマージング市場にとって追い風となります。
選挙後の不透明感はあるものの、減税、関税、入国制限の厳格化などを盛り込んだトランプ次期大統領の政策は、米インフレの上昇環境につながる可能性があります。まず初めに関税が導入される可能性が高く、中国製品に60%、その他の輸入品に10%から20%の関税を課す計画は、インフレが抑制されつつあるように見えるこの時期において物価上昇圧力となるでしょう。2017年に成立した税制改革法の延長は実施に時間がかかる可能性がありますが、追加減税が実施されれば、すでに拡張的な米国の財政政策をさらに拡張させることになります。税制改革によって可処分所得が増えれば、消費も増加するでしょう。さらに、トランプ次期大統領は移民を削減し、不法移民を国外退去させる計画です。一斉に国外退去させると労働力の供給が縮小するためインフレにつながりかねないとの向きも多いものの、強制送還は全体的な需要も減少させるため、インフレ圧力を相殺する可能性もあります。
FRBは、米国のインフレ率が持続的に目標水準に戻りつつあるとの確信を強めています。FRBは9月に市場の予想を上回る50ベーシスポイント(bp)の利下げに踏み切ったのに続き、11月に25bpの利下げを行いました。FRBはトランプ氏が提案する政策が実施されるのを待って見通しに反映させると思われますが、投資家はインフレが再上昇することを懸念しており、その懸念が米国債利回りの上昇を招く可能性があります。FRBは利下げを継続するものと予想しますが、インフレ再燃を避けるために緩和のペースは鈍化する可能性があります。
中国とユーロ圏では、米国による追加関税は成長を鈍化させ、デフレ要因となることが考えられます。中央銀行はそれに対して追加緩和で対応する可能性が高く、通貨安につながることが予想されます。鍵となる不確定要素は、中国とユーロ圏が米国に対してどのような対抗関税を課すかということです。どのような関税を課すにせよインフレにつながる可能性はありますが、成長鈍化の方が影響は大きいと思われます。
追加関税は、米国に多くの製造品を輸出しているエマージング諸国の成長を減速させるでしょう。中国はすでに経済が低迷しているところへ60%の関税を課される可能性があり、最大の懸念対象です。一般的に、関税は貿易の縮小を招き、成長を下押しするため、アジアのように製造業や貿易への依存度の高い経済は、より大きな負の影響を受けると思われます。逆に、インドのような規模が大きく国内に重点を置く経済は、貿易への感応度が低いため、大きな影響は及ばないかもしれません。ラテンアメリカ諸国は負の影響を受ける可能性はありますが、アジア諸国ほどではないでしょう。多くのラテンアメリカ諸国はコモディティの輸出国であるため、関税の影響を受けにくい構造となっています。
中国に対して予告していた60%の関税が実際に課されるかどうかはまだわかりません。そこまで高い関税を課すことについて米国企業界から広く支持を得られないと思われるためです。加えて、中国はすでに大規模な財政刺激策を発表していますが、米国の関税引き上げが大幅となった場合、さらなる刺激策を導入する可能性があります。第1期トランプ政権で関税措置を実施した結果、中国の対米輸出が減少したことは特筆に値します。ただし、エマージング市場全体の成長への影響は大きくなく、当時の債券スプレッドは好調を維持しました。
貿易関税は、エマージング債券のスプレッドよりもエマージング諸国の通貨に大きな影響を与える可能性が高いと思われます。貿易関税を課す国の通貨は課される国の通貨に対して上昇するのが通常です。そのため、一部のエマージング諸国通貨は米新政権の発足後に下落する可能性があります。例えば欧州は関税賦課の対象となるため、エマージング債券の中では中東欧市場に影響が及ぶ可能性があります。より広義には、米ドル高がエマージング通貨安を招き、その結果、エマージング諸国の当局が通貨防衛のために金融緩和サイクルを減速または停止する圧力を受ける可能性があります。
その他のトランプ政策も一部のエマージング諸国に影響を与える可能性があります。例えば、ロシア・ウクライナ紛争が早期終結すれば、ウクライナはその恩恵を受けるかもしれません。一方、メキシコは、移民問題や2026年の米国・メキシコ・カナダ協定の見直しなどにおいて米国と緊密に連携して合意に達する必要があります。その他では、トランプ氏の唱える大量国外退去政策が、国外労働者からの国内送金に大きく依存する中米(エルサルバドルやグアテマラなど)やカリブ海の国々に打撃を与える可能性があります。
こうした懸念はあるものの、エマージング諸国のファンダメンタルズは比較的良好です。経済成長は底堅く、先進国に対してプラスの格差を維持しています。また、実質金利はまだ比較的高く、為替レートは過大評価されておらず、対外バランスシートは比較的強固で、対外資金調達ニーズは低い状況です。中国を除いては、家計と企業のバランスシートも拡大しているようには見受けられません。さらに、国際通貨基金の支援による改革プログラムで、現在、一部の脆弱なエマージング諸国はデフォルトを脱却しています。こうした強さは、エマージング諸国経済が(関税のような)グローバル・ショックを吸収するのに役立つ見込みです。
第1期トランプ政権下では、「アメリカ第1主義」政策にもかかわらず、エマージング債券のリターンは非常に堅調で、エマージング市場がトランプ政権下でも逆風を乗り越えられることを示す証拠となっています。さらに、FRBの最初の利下げから2年後のエマージング市場のパフォーマンスを見ると、リターンは比較的好調であり、過去のFRBによる金融緩和がこの資産クラスにプラスの影響を及ぼしてきたことを示しています。これら2つの要因が相まって、エマージング債券のリターン見通しは堅調であるとMFSはみています。ただし、短期的にはボラティリティが増大すると予想しています。
最大のテール・リスクとみているのは中東です。トランプ氏のイランに対する「最大限の圧力」政策とイスラエルを支持する姿勢は、中東地域の緊張を高めるリスクがあります。大幅にエスカレートした場合は原油価格の上昇と市場の広範なリスクオフを招くと思われます。このリスクを考慮し、2024年10月現在、MFSのハードカレンシー建てエマージング債券ポートフォリオでは、中東地域を大幅にアンダーウェイトしています。
MFSのハードカレンシー建てエマージング債券ポートフォリオでは、割高なバリュエーションと前述の貿易関税や中東情勢激化のリスクを考慮し、慎重なリスク姿勢を維持しています。現在、ポートフォリオではスプレッド・デュレーションをアンダーウェイトに維持する一方、質の高いソブリン債に重点を置いています。
現地通貨建て債券に投資するポートフォリオでは、現在米ドルをロングとし、デュレーションを短めとしています。米ドル高環境はしばらく続くと予想します。ただし、エマージング諸国の中央銀行は利下げを継続または再開すると考えているため、一部の国については金利ポジションを維持しています。
当レポートの中の意見はMFSのものであり、予告なく変更されることがあります。また意見は情報提供のみを目的としたもので、特定証券の購入、勧誘、投資助言を意図したものではありません。予想は将来の成果を保証するものではありません。