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令和の日本再生

本稿では、経済への信頼感を反映した日本の金融政策の転換や、円高が構造的に妨げられる可能性について論じます。企業のガバナンス強化による資本効率の改善も、株主に恩恵をもたらすことが期待されます。

執筆者 

布施 亮
株式インスティテューショナル・
ポートフォリオ・マネジャー

Carl Ang
債券リサーチ・
アナリスト 

Ross Cartwright
インベストメント・
ソリューション・グループ

概要 

  • 円安は引き続き日本株投資における特色です。
  • 円安は輸出企業に恩恵をもたらしてきました。
  • 構造的変化は今後も拡大し、株主利益につながります。

日本の株式市場は一段と上昇しています。MFSは2023年のレポートで、日本株に対する強気の見方を支えているマクロ要因と構造変化の一部について取り上げました。本稿では、MFSの強気な見方の理由について詳細に論じます。

まず、金融政策の転換が経済への信頼感の高まりを反映したものであること、次に、円高が構造的に妨げられる可能性があることについて論じます。円安が輸出企業に大きな恩恵をもたらしてきた一方で、日本企業はガバナンスを強化し資本効率を改善する改革を継続しており、これらはすべて株主に恩恵をもたらす可能性があります。

政策の転換は経済への信頼感の高まりを反映

日銀は金融政策を段階的かつ慎重に正常化する構えであるとみられます。2024年3月の金融政策決定会合で、バランスシート政策と金利政策を修正する実質的な第一歩を踏み出し、成長を引き続き強く後押しするとみられる「通常の金融緩和の段階」に入りました1

  • バランスシート政策:この控えめな楽観論を実証したのは、政府や企業部門に支援の手を差し伸べてきた複数の量的緩和政策の同時終了です。10年国債利回りの上昇を抑えるイールドカーブ・コントロールの終了を筆頭に、他の資産買い入れも即時停止(株式上場投資信託)、ないし1年間かけて段階的に縮小(社債)されます。日銀は今後、金融安定の責務と多額の資産保有を踏まえて、バランスシートの縮小を図る量的引き締めを慎重に進めるものと考えられます。
  • 金利政策:日銀はこれと並行して実効政策金利を0.1%引き上げて0%~0.1%とし、異例のマイナス金利政策からの脱却を果たした最後の中央銀行となりました。なお、マイナス金利政策が再び実施される可能性はほとんどないと考えられます。今後1年間で追加利上げを行い政策金利を0.5%にするというMFSの基本見通しに基づくと、政策金利のスタンスは経済にとっていまだ非常に緩和的であり、この水準をターミナル・レート(最終的な政策金利の水準)として織り込んでいる金融市場にとって許容できる水準であると見込まれます。実際、政策金利が市場の予想する道筋どおりに進むとすれば、円はまだしばらくの間、最も利回りの低い通貨であり続けます。

とはいえ、持続的な円高は構造的に妨げられる 

円はおおむね変動相場制で動く通貨であるため、その動きは経験的に世界の金利差と密接に連動しています。その一つの側面が、円のような低金利通貨を売って他の高金利通貨を買うキャリー・トレードです。しかし、円の持続的な安さと世界的な利回りへの感応度の高さの根本的な原因は、日本の経常収支黒字の変容にあります。

現在、経常収支の全体的な黒字を支えているのは、アベノミクス以前に見られた貿易黒字ではなく、所得収支の恒常的な黒字です。成熟した債権国である日本は、工場などの直接投資と株式や債券などのポートフォリオ投資の両方で多額の海外投資を積み上げており、その結果、利子・配当・再投資収益による所得収支の黒字が拡大しています。この所得収支の黒字は、より頻繁になりつつある財やサービスの赤字(財では地政学的イベントや自然災害がコモディティ輸入に及ぼす影響など。サービスでは消費者や企業によるデジタルサービスの輸入など)を補って余りあります。

所得収支の黒字に関しては、通常は海外で再投資する傾向が高いものの、投資の収益見通しも重要な考慮要素となります。経常収支黒字全体の中で所得収支黒字の割合が次第に騰勢を強めつつあることが円高圧力を構造的に抑制しており、海外の金利やリターンが相対的に高い場合には特にその傾向が強まります。パンデミック後の先進国では実質金利・予想インフレ率・名目金利の均衡値がこれまでよりも大幅に高くなり得るとの認識が高まっていることを踏まえれば、円高圧力の構造的抑制は合理的に見て今後数年間にわたって続くと予想されます。

日本株のアウトパフォーマンスは今後も続くか 

日本株は長年低迷していましたが、日経平均株価は最近になってようやく1989年12月につけた最高値水準に達しました。この間、欧米の株式市場は上昇し続けていました。

この日本株再生の原動力は何であり、日本株再生は今後も続くことができるのか。続くことは可能だとMFSは考えます。原動力となるのは、利益を押し上げるファンダメンタルズの改善、資金流入、現在進行中の企業改革など複数の要因であると考えられます。以下、各要因について検討します。

利益は上向き 

多方面における企業ファンダメンタルズの改善が日本企業の収益を支えています。第一の最もわかりやすい要因は円です。上述したとおり、円安は長期的に続くと考えており、特に、コストを転嫁できる大手・中堅の輸出企業にとっては好ましい環境です。こういった輸出企業の国際競争力の上昇は日本企業の為替レート調査に表れています(図表3)。例えばドル円レートの推定損益分岐点は、製造業の予想レートと実際のレートの両方を大幅に下回っています。

企業や業種によっては、長引く円安は大きな利益となります。例えば、ドル円の想定水準や損益分岐点が比較的低い企業や業種です(図表4)。業種では、輸出主導型の電化製品・医薬品・精密機器・機械・輸送機器が特に優位な立場にあります。その対極にあるのが、小売・卸売・情報通信などの輸入依存度の高い業種です。

粘着的デフレが何年も続き価格決定力を持たない国内産業の収益力は、円安による原材料価格上昇の影響で長年にわたり損なわれてきました。コロナ後のインフレ環境はこの影響を劇的に悪化させ、原材料価格の上昇とともに広範な財・サービスに係る消費者物価をも上昇させました。物価上昇が容認されつつあることを示す兆候が増え、企業にとって過去30年間でマクロ的に最も有利なレベルの事業環境が生まれています。昨年以降、国内消費主導型の企業は消費者にコストを転嫁し、収益性を守ることができるようになってきました。実質賃金の急速な上昇は消費者物価の上昇を支え、デフレマインドを転換させています。2024年の春闘の賃上げ率は平均5.2%と25年ぶりの高水準でした。賃上げは中小企業にも波及し始めています。また、7月の日銀短観によると、大企業・中小企業ともに設備投資計画が大幅に増加しています。

  

海外資金の流入増加 

日本株の明るい見通しは株式市場への資金流入を促しており、その大半を占めているのは外国人投資家資金です。確認はできていませんが、国内メディアによると、投資家がアジアへのエクスポージャーを中国からシフトさせていることがこの資金流入の一因である可能性があります。加えて、30年間の沈滞を経て、日本に対する投資家の見方はますます強気になっています。J.P.モルガンのグローバル投資信託アロケーション分析によると、日本はグローバル・インデックスのアロケーションに対してアンダーウェイトで推移しています。次のグラフに示すように、日本向けアロケーションはインデックスのウェイトよりも低い水準にとどまっています。世界の投資家が日本企業の構造変化や株価の上昇余力を次第に確信するようになれば、この差は縮小します。

企業改革は続く 

日本の企業改革は加速し続けています。10年前、日本政府はスチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードを定めました。これらコードは強制力はなく、昨年のレポートでも述べたとおり「comply-or-explain(遵守せよ、さもなくば説明せよ)」タイプのルールでした。当初、企業は独立取締役の増員や女性取締役の導入など、適用しやすいものに取り組んでいました。しかし、ガバナンスの他の重要な側面である資本配分やバランスシート管理はなかなか変化せず、アベノミクスの初期には世界の投資家を失望させました。

ここ数年、コーポレート・ガバナンスと資本配分の両面で改善に向けた取り組みが着実に強化されてきました。例えば、

  • トヨタグループは株式持ち合い方針の見直しを発表し、トヨタ自動車と関連会社2社は、大手自動車部品メーカーであるデンソーの保有株式の8%を売却しました。この売却はデンソーの自社株買いで吸収されました。この企業行動に、日本の企業が株式持ち合いを解消して浮いた資本を株主に還元するか投資するとして、世界の投資家の期待が高まりました。
  • アクティビスト・ファンドは重要な役割を果たしており、アクティビスト・ファンドによる投資後に資本政策の変更を検討する企業がいくつか現れています。これは株価にプラスの影響を与えています。例えば、京成電鉄は東京ディズニーランド(TDL)を所有するオリエンタルランド(OLC)の株式の22%を保有しています。京成電鉄はTDLの建設時に資金を提供しており、それ以来続いている長期の投資です。現在、OLCへの投資額は京成電鉄の時価総額を上回っています。アクティビスト投資家は、この投資を解消し資本を投資家に還元するよう求めました。京成電鉄は当初、OLC株の1%を売却すると発表し、市場を失望させました。OLC持分の価値は、京成電鉄株主により様々に異なる意味を持ちます。とはいえ、同社がこの道を続けていけば、資本を解放して設備投資の増加や株主への還元に充てることができます。また、OLCの株式の6%を保有する大手不動産デベロッパーの三井不動産でも同様の議論が起きています。三井不動産は、OLC株を売却しその資金を株主に還元するようアクティビスト・ファンドから求められました。同社は売却はしなかったものの新たな資本政策方針を策定し、これが市場で高く評価されて株価が上昇しました。

以上をまとめると、日本の株式市場では多くの構造変化が見られ、この変化は一部の分野で始まったばかりです。MFSは、こうした変化が長期的なものであり、投資家に価値を解放し続けると考えています。経済政策は依然として支援的です。構造的な円安は続き、輸出企業を支えるでしょう。円安に起因して生じる業種間のばらつきや、改革とバランスシート再編のペース、機会に見られる差異は、ボトムアップの銘柄選択から生じ得る様々な機会を浮き彫りにしています。日本の株式市場の投資家はここ数年高いリターンを得ており、本稿で概説した状況を踏まえると、今後数年間、その基盤は強固であるように見えます。

 

 巻末脚注 

1 2024年3月18日と19日の金融政策決定会合における意見の要旨。日本銀行が2024年3月28日に公表。

 

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