
2025年03月
戦略的に備える-不確実性の高い投資環境と認知バイアスを乗り超えるための鍵
本稿では、株式投資と債券投資の関係と潜在的な相関、分析上の盲点を認識し、包括的なストレステストと分野横断的な連携により不確実な市場環境を乗り超えるための準備をしておくことの重要性について、グローバル・インベストメント・ストラテジスト Robert Almeidaの見解をご紹介します。
Robert M. Almeida
ポートフォリオ・マネジャー兼
グローバル・インベストメント・
ストラテジス
投資は難しいものですが、長期的には成功する道があることを優れた投資家たちが実証してきました。学界やパッシブ運用の支持者はその優れた運用成果を運と見なすかもしれませんが、著名な科学者ルイ・パストゥールは「幸運は準備された心にのみ宿る」と言っています。
投資における準備とは、企業とその収益の源泉を詳細に理解することです。企業とその産業のあらゆる側面に関する過去のデータを蓄積することもその一部です。例えば、様々な経済シナリオ下における商品の価格弾力性、製造方法と製造場所、それに伴うコストリスク、最悪のシナリオを回避するためのバランスシートのストレステストなどです。これが最終的に、株式市場や債券市場が織り込む内容に対して、潜在的キャッシュフロー予想の元となる仮定を形成します。
しかし歴史を振り返ると、投資家が予想だにしなかったことが、極めて綿密に練られた将来への期待を狂わせる場面は多々あります。知らないことを知ろうとすることはただでさえ難しいことですが、認知バイアスが盲点を生み出すことでそれがさらに難しくなります。
投資において最も蔓延しているバイアスとして、確証バイアス、群衆心理、損失回避などが挙げられます。ただ、将来について判断する際に最初に入手したデータを過大評価してしまう「アンカリングバイアス」が、社債投資家とその将来への期待に近いうちに影響する可能性があります。
株式と社債はペイオフの形態が異なることから別々の捉え方をされますが、これは理にかなっています。株式は所有権です。したがって株式の価値は、投資家が想定する将来利益を基に算定した現在価値と有形・無形資産の清算価値の合計により決定されます。一方、債券は貸し付けられた資本を表す契約であり、特定の日付での返済、一連の定められた利息の支払い、そして事業が破綻した場合の株主よりも優先的な法的請求権が約束されています。
株式は企業の資産と潜在的な資本利益率のコールオプションであり、債券はこれらの資産に対するプットオプションを株式投資家に売ることと捉えることができます。行使価格は異なり、満期までの残存期間など多くの要因に影響されますが、構成要素はともに同じです。例えば、ビジネスのボラティリティやリスク度合い、短期および長期負債、経営陣の運営および財務能力、知的財産、有形資産などです。
株式と債券の相関は2022年のインフレショック下で大きく高まりました。それ以降、相関はいずれ「正常化」するという議論を見聞きしていますが、そもそも正常とはどういった状態を指すのでしょうか。株式も債券も同じ資産に対する契約上の請求権であるため、時間の経過とともに正相関となるはずであり、実際そうなってきました。両者の相関は低く、長期的には分散効果をもたらしますが、多くの人々が主張し期待しているような負の相関にはありません。
2010年代の量的緩和サイクルは、株式と社債に異常なリターンをもたらしただけでなく、正常な価格パターンを歪め、負の相関を生み出しました。このときに初めて資産配分を行った投資家は、人為的に生み出された5,000年来の低金利がもたらした関係を正常と捉えているのかもしれません。
さらに重要なのは、このアンカリングバイアスが、社債投資家が株式の発するシグナルを見逃すという盲点を作り出した可能性があることです。
社債も株式も同一の資産に対する請求権であるため、米国株式市場のボラティリティを示す指標として最も注目されるVIX指数と米国投資適格債のスプレッドの間に正の関係があることは驚くことではありません(図1を参照)。
2025年に入って株価のボラティリティは上昇していますが、クレジット・スプレッドは落ち着いています。正しいのはどちらの市場でしょうか。これには2つの考察があると考えます。
まず、規模が大きく流動性の高い資産クラスは、規模が小さく流動性の低い資産クラスよりも概して効率的です。これは株式市場のシグナルが債券市場のシグナルよりも先見性が高いことを示唆しています。
第2に、金融市場では、債券投資家は悲観的で株式投資家は楽観的だと言われてきました。潜在的なリスク・リターンは明らかに株式の方が高いものの、どちらのレッテルも正しいとは思いません。極端な言い方をすると、債券アナリストはキャッシュフローを分析し、利払いが不履行になる確率を算出します。一方、株式アナリストは、収入から営業費用や減価償却費などを差し引いた後の最終利益を試算します。つまり、債券アナリストと株式アナリストは、同じ会社を分析していても異なるレンズを通して見ているため異なる準備をしており、知らず知らずのうちに異なる盲点を作り出しているのです。
一般論として、株価に下押し圧力が生じている原因は、関税が収入、コスト、利益に与えるマイナスの影響を投資家が予測していることにあり、景気後退観測を高めています。そのため当然ながら、株式市場が最初に反応しています。そして、株式投資家の予測が正しければ、これは必然的にバランスシートのレバレッジとデフォルト確率に負の影響を与え、クレジットのスプレッドを拡大させることになります。
未来は誰にも知り得ませんが、結果がどうなるにせよ、投資においては起こりうる展開に備えておくことが賢明であると我々は考えます。
ストレステストによるバランスシートの精査や、高関税・低成長環境下で企業のコスト構造が実質的にどのように変化するかを査定することはもちろんのこと、盲点を認識し、株式・債券の運用プロフェッショナルと補完し合う、最も準備の整った投資家に幸運が訪れると考えています。
当レポートの中の意見は執筆者個人のものであり、予告なく変更されることがあります。また意見は情報提供のみを目的としたもので、特定証券の購入、勧誘、投資助言を意図したものではありません。予想は将来の成果を保証するものではありません。過去の運用実績は将来の運用成果を保証するものではありません。