
2025年01月
米国例外主義をけん引する新たな資本サイクル
本稿では、AI投資に牽引された米国の資本サイクルの変化と、それに伴う業界の勝者と敗者の構図の変化について、グローバル・インベストメント・ストラテジスト Robert Almeidaの見解をご紹介します。
Robert M. Almeida, Jr.
ポートフォリオ・マネジャー
兼グローバル・
インベストメント・
ストラテジスト
株式市場の予測の的中率は50%程度ですが、それでも経済予測の的中率よりは高いといえます。2024年に米国景気が後退しインフレ率は2%に低下するとの経済予測ははずれ、直近では、12月の米国雇用統計において新規雇用者数がコンセンサス予想を3標準偏差以上上回りました。
経済予測は「難しい」という言葉では表現し切れません。極めて挑戦的且つ複雑な作業です。国内総生産(GDP)は、富や企業価値、株式時価総額のような静的な指標ではなく、複数の要因が絡み合って構成されています。経済における資本の動的な流れを捉え、支出の規模、場所、源泉を綿密に追跡し、さらに相反する方向に動く多くの変数を含んでいます。
そのため、経済モデリングに使用される総合的なデータストリームは、トレンドや方向性の変化の見極めを困難にすることがあります。一見些細で重要でないデータポイントは、見過ごされないまでも軽視されがちです。資本の流れにおける有意な方向転換の終わりや始まりを示す極めて重要なデータポイントが重要な転換点であったとわかるのは何年も経ってからということが往々にしてあります。
このような状況下では、ボトムアップ・アプローチがトップダウン予測を補完する可能性があります。
資本市場の目的は、社会の預金者、現金利回りを上回るリターンを求める者、そしてアイデアはあるが資金を必要とする者を結びつけることです。起業家は、資本の対価として潜在的な利益の一部を手放します。資本はプロジェクトの潜在的な有用性とリスクに応じて配分されるため、資本がどこからどこへ配分されるかを見れば、民間市場がどこに成長と縮小を見ているかがおおよそわかります。
例えば、2008年の金融危機後の非常に長期にわたった景気低迷局面がこれにあたります。家計と銀行がバランスシートの修復に着手し、それを受けて何年ものあいだ緊縮政策と債務削減が続いたことが景気を後退させました。先進国企業の収益成長が低迷する中、オフショアリングによって支出と経費を削減した結果、景気低迷に拍車がかかりました。デフレリスクが高まる中、中央銀行は借入コストを人為的に圧縮することで資本サイクルを再生させました。新たな資本サイクルが生まれたものの、それは多くの人が期待した有形固定投資によるものではありませんでした。配当や自社株買いを通じて多くの株主に莫大な富をもたらし、数十年で最も長い経済サイクルの1つを形成しました。
では、今日の資本はどこに流れているのでしょうか。そして、その答えが現在の米国経済の例外的な強さの理由なのでしょうか。さらに重要なことは、そこから将来への洞察を得られるかどうかです。
米国で消費される多くの商品は、国家安全保障に関連する製品を含め、国外で製造されています。そのため、米国の企業は有形資本を持つ必要がありませんでした。中国がその業務を請け負ってきたからです。
しかし近年、新型コロナウイルス、地政学的緊張の高まり、今後の関税政策の見通しとが相まって、状況は変化しています。効率的で低コストのシステムから、より簡潔でより自国に近い拠点での生産に置き換わりつつあります。米国企業の資本支出は長年にわたり売上高比で減少していましたが、今日ではその傾向が反転しつつあります。新たな資本サイクルが出現しており、しかもこれはシナリオのほんの一部に過ぎません。
米国は人工知能(AI)の主要拠点を多数抱え、世界の投資資金を吸い上げています。下の図表は米国の純投資額(米国居住者による国外投資と外国からの対米投資の差)を示したもので、その額は-22兆米ドルと、世界金融危機前の水準から4倍以上に拡大しています。
AIエコシステム関連投資には膨大なニーズがあります。世界には8,000以上のデータセンターがありますが、その大部分を占めているのは米国です。データセンターを、エネルギーとデータを人間のような成果に変換するAI工場と考えてみてください。物理的および資本的ニーズはデータセンターだけでも膨大にあり、また冷却、電力などへの需要も言うまでもなく膨大です。
この資本利用の変容が米国の例外的な強さの背景であり、また、最近の米国の雇用統計が堅調であることはさほど驚くに値しないと考える裏付けになっているのでしょう。
2010年代の資本サイクルはコストを押し下げ、経済成長にはほとんどつながりませんでしたが、株主に莫大な利益と富をもたらしました。しかし、そのサイクルは終わりました。現在のサイクルは、設備コストと労働力コストを膨張させ、成長、米国の例外的な強さ、そして高金利をもたらしています。これが企業の利益、ひいては株価にどのような影響を与えるかは、まだ明らかではありません。
米国企業はコロナ禍で投入された景気刺激策で値上がりした価格を維持できているため、利益は高い水準にあります。さらに、投資家は将来の法人税減税や継続する高水準の米国GDP成長率見通しに高揚しており、これらが今後も収益増加につながると期待しています。
それも可能性の1つではありますが、資本サイクルの変化は別の結果をもたらす可能性を示唆しています。最近の投資により、既に様々な産業で新製品が生み出されていますが、供給の増加、特に既存の製品よりも優れた、あるいは安価な製品の供給は、既成企業の価格決定力を覆し、さらなる投資を強いることになります。価格の低下とコストの上昇は、企業が乗り越えなくてはならない高いハードルであり、今日のほとんどの企業の株価がそれを示唆しています。
消費財を例に取ってみましょう。従来は、ブランド力が消費者の検証に代わる機能を果たし、市場シェアと利益につながってきました。しかし、AIの登場がそれを変えました。一般的な検索エンジンで検索ワードを入れると膨大な広告予算を持つ数々の製品サイトに誘導されますが、大規模言語モデル(LLM)はそれよりさらに一歩進んで、マーケティングノイズを排除し、消費者に適した商品サイトを表示させます。LLMは、業界専門家の意見を読み、すべての顧客レビューをチェックするなど、消費者にとって重要な役割を果たすようになるでしょう。言い換えれば、AIは消費者に主体性を与え、様々な産業に計り知れない課題と変化をもたらし、今日の投資家の高い期待を裏切る可能性があります。
資本サイクルは大きく変化しています。多くの企業が配当や自社株買いに資金を充てる代わりに、有形資産に資金を投じるようになっています。これは成長とインフレを促進しうると同時に、勝者と敗者の構図を根本から書き換えることにもなるでしょう。
今後の株式市場をけん引するのは、競争がなく、利益率を守る能力のある企業でしょう。一方、新規参入企業がもたらす変化の影響を受けやすい企業は不利になるでしょう。ベンチマークは過去のパラダイムを表したものであり、将来のパラダイムを表すものではありません。資本サイクルのレンズを通した先見性を持つアクティブ・マネジャーが、優れた成果を上げることができると我々は考えています。
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