
2025年03月
関税についてシンプルに考える
本稿では、サプライチェーンが複雑化する中、関税の影響を吸収できるビジネスを見分けることの重要性について、グローバル・インベストメント・ストラテジスト Robert Almeidaの見解をご紹介します。
Robert M. Almeida
ポートフォリオ・マネジャー
兼グローバル・インベストメント・ストラテジスト
先進国の製造業は、遠く離れた外国での低コストな生産がもたらす高い利益率を享受しようと、この数十年間グローバル化を推し進めてきました。その結果、高度に統合された広大なサプライチェーンのネットワークが形成されました。その複雑さはまさに今、市場参加者が認識している通りです。
ジーンズを例に取ってみましょう。一部の生産者は米国内で綿を調達していますが、ほとんどのデニムは中国、インド、パキスタンで調達されています。高級ジーンズの場合、ジンバブエ、トルコ、エジプトで素材を調達しているものもあります。染色作業の多くは中国とドイツで行われ、ファスナーは日本製です。さらに色々ありますが、概要はお分かりいただけたでしょう。
一歩下がって、投資は単純だが難しいということを思い出してみましょう。単純というのは、企業の潜在的なキャッシュフローが株価とそのボラティリティの両方を決定づけるからです。難しいというのは、将来が不確実であり、新たな情報が出てくるとそれに伴い利益の想定が変化し、時に劇的に変わってしまうためです。
ここ数週間で関税と政策の不確実性が重なったことに加え、グローバル・サプライチェーンの複雑さへの認識が高まったことで、将来の利益に対する懐疑的な見方が生じ、市場のボラティリティが増大しています。
このリスク要因についてシンプルに考える方法はあるでしょうか。
「Tariff」という言葉はアラビア語の「通知する」という意味の言葉に由来し、約1000年前には関税を指す言葉として使用されていました。単に税金または通行料といった意味です。
投資家や市場コメンテーターは関税が経済に及ぼし得る影響について議論していますが、企業財務への影響についても関心を持つべきです。この新たな税金は誰かが負担しなければなりません。株価は利益から導き出されるため、投資の観点から真に重要な問題は、この税金を誰が払うのか、消費者か、それとも生産者か、という点です。
需要の弾力性が低い商品の生産者は、価格上昇圧力を顧客に転嫁することが可能です。弾力性が低い背景には代替品が限られていることや優れた品質などがありますが、理由が何であれ、その競争優位性があれば、生産者は関税分を顧客に転嫁することができます。このシナリオでは消費者が関税を負担することになるため、インフレを引き起こし、経済成長を阻害します。なぜならば、経済活動に利用されるリソースが減少するからです。
逆に、代替品があるがために価格弾力性が高い商品の場合、追加コストの負担は利益率の圧縮という形で生産者に降りかかります。
金融市場は関税が企業に及ぼす影響を徐々に織り込んできていますが、ほかの展開も考えられます。実際のところ、必需品に対する税金は消費者が負担し、代替可能な商品の生産者は利益の低迷で投資家を失望させるという、両方のケースが混在することになるでしょう。
ポートフォリオ構築の観点において、こうした状況をどのように考えるべきでしょうか。
私たちが生きる資本主義社会では、起業家は利益を追求し、常に既存の秩序を破壊しようとしています。その中で平均以上かつ持続可能な利益を上げる企業は、他社が追随できないようなビジネスを行っています。参入障壁が高ければ、それが何であれ、競争は抑えられ、高い利益率が保たれます。例えば、我々は常々、ライフサイエンス向けツールや機器の製造企業にこうした特徴があると感じてきました。
これらツールや機器は、ライフサイエンスにおける「つるはしとシャベル」に例えることができます。ライフサイエンス向けツールや機器の製造企業は、製薬会社やバイオテック企業、病院、研究所、学術機関、政府機関に機器、関連消耗品、サービス、その他の製品を販売し、それらは測定、分離、精製、計量、診断の各行程に使われ、医薬品開発、臨床試験、バイオ製造など、さまざまなプロジェクトにおいて極めて重要な役割を果たしています。ゴールドラッシュで最も大きな利益を得たのは、つるはしとシャベルの販売業者だったといわれているように、歴史的にヘルスケア分野の中でも最も高い利益を得ているのは、こうしたツールや機器関連ビジネスです。
言い換えると、そのビジネスモデルは替刃に似ています。耐用年数が5年から10年の機器本体を販売し、付随する消耗品の販売やサービス契約の更新で収益を上げる方法です。治療法や薬が市場に出回るまでには通常、数年を要するため、これらはサイクルの長いビジネスです。品質へのこだわりが強い顧客は、幅広い高コストのビジネスに付随する比較的コストの低い製品に対しては、品質と信頼性を確保するための多少の出費は厭わず、やや高い値段でも支払う意向があります。
こうした企業も複雑なグローバル・サプライチェーンを持ち、関税競争の結果、コストは上昇しますが、提供する製品の重要性と顧客が製品に対して持つ信頼によって代替リスクから守られる可能性があります。これは他の産業では見られません。
人工知能インフラやエネルギー・送電、電気自動車など幅広い産業で使用される部品を製造する電気機器メーカーにも同じことがいえます。わずかな金額を節約するために安価な製品で代用するリスクは、大規模で資金力のある大口顧客にとって、ビジネス関係のリスクに見合わないと考えられます。
「私が知っているのは何も知らないということだけだ。そして、それさえも本当に知っているかどうか分からない」というソクラテスの名言があります。たとえ正確な関税率が分かったとしても、サプライチェーンの複雑さゆえに、経済への影響を推し量ろうとするのは、不可能に近いでしょう。少なくともソクラテスならそう考えるでしょう。 そしてソクラテスがそう考えるのなら、そうなのだろうと思います。
代わりに、どのビジネスが関税の影響を吸収でき、どのビジネスができないかを見分けることに注力する方が賢明です。なぜなら、それが株価を左右するからです。そして、それこそが私たち受託者の責務なのではないでしょうか。現在の環境は、ファンダメンタル分析に基づくアクティブ運用の価値が大きく見直されるきっかけになり得ると考えています。
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