2024年05月
注目が高まる債券市場-テールリスクを読む:辰年のWhat-If(仮説)シナリオ
本稿では、3つのテールリスクとそれによるグローバル債券市場への影響と、グローバル債券戦略におけるポジショニングについて債券共同CIOのPilar Gomez-Bravoがご説明します。
Pilar Gomez-Bravo, CFA
債券共同CIO
辰年は幸運をもたらすと言われていますが、2024年はまさにその格言通りのスタートとなりました。2023年のパフォーマンスが堅調であったことから、米国をはじめとする主要国の経済はソフトランディング(軟着陸)に落ち着くというのが足元のコンセンサスとなっています。リスク資産市場はこのシナリオを織り込んでいますが、こうしたソフトランディングを阻む可能性のあるテールリスクが3つあるとMFSは考えています。MFSがこれらのテールリスクを踏まえ、グローバル債券戦略においてどのようなポジションをとっているのかについて、以下にご説明します。
地政学的リスクは常に存在しますが、今年は世界で重要選挙が相次ぐこと、複数の戦争が進行中であることに加え、マクロ経済政策の転換が見込まれることから、特に不確実性の高い年になると思われます。
中でも最も注目すべきは米国の大統領選挙です。バイデン大統領とトランプ氏のどちらが勝利するにせよ、選挙の結果は安全保障上のリスクや世界貿易、財政政策に幅広い影響を及ぼすでしょう。トランプ氏が大統領に復帰し、特に、米国の法の支配や国家としての強靭さについて疑念が生じた場合には、米ドルの長期的な値動きを注視する必要があります。さらに、特定のセクターや資産クラスに重大な悪影響が及ぶ可能性があり、特に新興国市場でそのリスクが高くなります。
また、米国の財政政策の行方にも注目しています。通常、大統領選挙の年には現職の大統領が拡張的な財政政策を実施しますが、今回の場合はすでに財政赤字が膨れ上がっているため、通年の財政赤字が大きく拡大することはないと予想しています。どちらの候補が勝利しても、かなりの財政赤字が続く見通しですが、民主党は引き続き支出を重視する可能性が高いのに対し、共和党は減税に重点を置くと思われることから、財政の構図は異なるものとなるでしょう。このことを念頭に、MFSは米国の債務の持続可能性とイールドカーブ上のターム・プレミアムの動向について引き続き議論してゆく方針です。米国の他、欧州では6月に議会選挙が行われ、10月には欧州委員会の任期満了に伴う新体制発足が予定されていることから、財政などの政策面で摩擦が生じ、為替市場や現地通貨建て債券市場が再び影響を受ける可能性があります。
さらなる市場への影響という点では、ウクライナと中東で進行中の戦争を背景に、エネルギーとコモディティに再び注目が集まっています。欧州では現在、ウクライナ戦争勃発当初よりもエネルギー不足への備えが進んでいます。しかし、中東情勢が悪化するようなことになれば、エネルギー市場はまだ混乱する可能性があります。サプライチェーンやコモディティ価格にはすでに影響が現れているため、原油価格がポートフォリオのリスクにどのように影響するのかを理解しておくことが重要です。また、テールリスクとしては、北朝鮮や台湾といった他の地政学的な影響が懸念される地域で緊張が高まる可能性があることにも注意が必要です。
地政学的要因の最後として、中国と日本におけるマクロ経済政策の転換と経済環境の変化があります。変化の理由はそれぞれ異なります。中国については、現在の景気刺激策で十分な経済成長が実現できない場合、デフレを輸出することになり、対中貿易が多いドイツや新興国市場にマイナスの影響を及ぼすことが懸念されます。一方、日本については、マイナス金利政策からの脱却に伴う混乱がテールリスクです。大幅かつ急激な円高になった場合、日本の投資家による海外資産の本国回帰が起こる可能性があります。高い金利差収入の得られる円キャリートレードが長年にわたって行われてきましたが、これが巻き戻された場合、世界のコア債券市場で利回りが上昇し、イールドカーブがベア・スティープ化する可能性があります。
ハードランディング(硬着陸)の可能性は後退しましたが、今年に入って米国のノーランディング(無着陸)というテールリスクがより明確になってきました。ノーランディングとなった場合、特にインフレ高進の可能性をリスクに、重大な影響が生じる可能性があります。株式や債券の投資家が最も懸念するシナリオはスタグフレーションですが、ノーランディングのシナリオはまた別の問題をもたらします。ノーランディングの場合、米国経済は再加速して潜在成長率を上回る成長を続け、インフレ率が再び上昇する可能性が高くなります。こうしたテールリスクが現実となった場合、利下げサイクルに入ったとしても短期間で終了し、中央銀行と投資家にとって困難なシナリオ展開となります。つまり、ノーランディングの場合はインフレ高進が米連邦準備制度理事会(FRB)の積極的な引き締めにつながる可能性が高いため、すべての資産クラスに負の影響をもたらすと考えられます。このシナリオの可能性は低いと思われますが、発生した場合の影響は大きいため、注意が必要です。
これは、3つの中でもっとも評価が難しいテールリスクで、投資資金が一部の資産に集中している足元の状況下のリスクです。ほとんどの投資家がソフトランディングのシナリオに賭けているため、結果としてポートフォリオの投資テーマやポジションは似通ったものになっています。金利の上昇に伴い、レバレッジは今やコストを伴います。そのため、ビジネスモデルの一部として高レバレッジに依存している金融機関などから生じるシステミック・リスクを考慮する必要があります。現在、金融機関の自己資本比率は欧州を中心に向上していますが、最近は商業用不動産への懸念が高まっており、この分野のエクスポージャーが高い銀行が破綻する可能性があると考えています。また、ヘッジファンドもテールリスクをもたらします。レバレッジ・コストが上昇した場合、ヘッジファンドのビジネスモデルの一部は機能しなくなるかもしれないためです。さらに、プライベート・クレジットもリスクをもたらす可能性がありますが(ただし、損失を確定する必要に迫られた場合)、一般的な債券市場と比べてプライベート・クレジット市場は規模が小さいことや、レバレッジの解消が及ぼしうる影響の程度を考えると、リスクはそれほどシステミックなものではありません。
このテールリスクについては、投資家は早めに対応する必要があり、そのためには厳格なバリュエーション規律が鍵になります。つまり、流動性の低い市場で投資資金の集中しているポジションを手仕舞いしようとするよりも、流動性を提供することが最善策であると考えます。このような不確実な環境下では、臨機応変な対応、分散投資、および銘柄選択を重視した戦略を行うことが理にかなっています。
現在の環境では、勝者と敗者に分かれる可能性が高いと思われます。そこで、不確実性が続く中、MFSのポートフォリオは分散と流動性確保に焦点を当てています。銘柄選択と金利・通貨に関する確信度に基づき、市場の歪みを利用し、リスク・プレミアムを獲得することを目指しています。
MFSのポートフォリオでは、今年、昨年末の市場の上昇と米国のマクロ経済指標の継続的な力強さを踏まえ、デュレーションを大幅に短縮しました。
現在は、成長とインフレの間で揺れ動くマクロ経済が利下げにつながりやすい状況にある市場に焦点を当てています。例えば、欧州や一部の新興国市場は、割安なバリュエーションと高まる利下げ観測から、引き続き魅力的な投資機会を提供していると言えます。さらに、米ドル・ベースの投資家は、米国外に投資し、米ドルに戻す必要があるエクスポージャーに対して為替ヘッジを行うことで、大きなリターンを得る可能性があります。
また、ポートフォリオにおいてイールドカーブ・トレードを積極的に活用しています。ソフトランディングするにせよ、ハードランディングするにせよ、イールドカーブはある時点でスティープ化する可能性が高いと予想されるため、特に米国ではイールドカーブのスティープ化に賭ける取引を効率的に行うことを目指しており、利回りが再び大幅に上昇する局面ではデュレーションを長期化する方針です。
米ドルのエクスポージャーを削減しましたが、不透明感が続いていることからオーバーウェイトを維持しています。マクロ経済的リスクや地政学的リスクを踏まえると、市場ではリスクオフの地合いが続く可能性があります。
レバレッジの解消が予想されるため、スプレッド市場では銘柄選択が引き続き重要となります。アナリストが推奨する最良の投資アイデアに耳を傾け、それに基づいて確信度の高い銘柄を保有することが鍵となります。
ハイイールド債では、デュレーションが相対的に短く利回りの高い銘柄に焦点を当てており、全体的にスプレッドがタイトなため現在の配分が過去のレンジに比べて少なめになっていることを考慮し、エクスポージャーの単位当たりのトータル・リターンの向上を目指しています。
投資適格債については、年初来の大幅な価格上昇を受け、米国のポジションを削減しました。堅調な経済と、脆弱になりつつも依然として強固な状態にあるバランスシートを踏まえると、投資適格債はファンダメンタルズの観点から引き続き魅力的と言えますが、スプレッドは全般的にタイト化しています。このようにスプレッドがタイトな状況は長期化する可能性がありますが、引き続きバリュエーションの観点から欧州のクレジットを選好しています。
新興国市場債券では、ハード・カレンシーに多額のエクスポージャーを抱えることなくリスク・プレミアムを獲得できるという新興国市場特有の投資機会が生じているため、引き続きクロスオーバー銘柄を選好しています。
証券化商品については、特にモーゲージ・セクターに投資が集中している模様です。しかし、銀行が証券化市場に再び参入した場合に購入されると思われる銘柄を中心に、同市場へのエクスポージャーを一部維持しています。これは、引き続き需給要因がモーゲージ・セクターの重石となる場合に、下振れリスクをある程度抑制する手段となります。
債券に投資する場合、発行体、借り手、取引相手もしくはその他の支払義務を負う主体、原資産の信用力の低下、あるいは経済的状況、政治的状況、発行体固有の状況もしくはその他の状況の変化による結果として、またはその影響により、価値が低下することがあります。特定の種類の債券は、これらの要因による影響が大きいことから、ボラティリティが上昇する可能性があります。また、債券には金利リスクが伴います(金利が上昇すると、価格は下落します)。したがって、金利上昇時にはポートフォリオの価値が減少する可能性があります。
当レポートの中の意見は執筆者個人のものであり、予告なく変更されることがあります。また意見は情報提供のみを目的としたもので、特定証券の購入、勧誘、投資助言を意図したものではありません。予想は将来の成果を保証するものではありません。過去の運用実績は将来の運用成果を保証するものではありません。