2024年06月
高金利の長期化がハイイールド債に及ぼす影響
本稿では、ハイイールド債のバリュエーションは厳しさを増しているものの、銘柄選択を徹底することで魅力的な投資機会を豊富に見出すことが可能と考える理由をご説明します。
David Peterson
リード・リサーチ・アナリスト
インベストメント・ソリューションズ・グループ
ハイイールド債の歴史は繰り返すのでしょうか。歴史的に、金融情勢が急激に引き締まる環境は、ハイイールド債の発行体にとって、危険とまでは言わなくとも厳しい環境と認識されてきました。実際、利上げが経済不安や金融不安につながった事例は過去には多数あります。こうした状況下ではハイイールド債のボラティリティは上昇し、企業のデフォルト(債務不履行)も急増しました。
しかし、最近の情勢は違います。米連邦準備制度理事会(FRB)による積極的な金融引き締めサイクルに直面しても、ハイイールド債は金利上昇の影響を乗り切ることができました。パンデミック後の経済ファンダメンタルズの改善と市場のテクニカルが追い風となったためです。
高金利の長期化による影響への懸念は行き過ぎであるとMFSは考えます。政策金利は今後低下する見込みですが、コロナ禍やコロナ以前の水準まで引き下げられるとは予想されておらず、過去に経験した多くの景気サイクルよりも高い水準にとどまることが予想されています。それゆえ、高金利の長期化は、ここ数カ月間の市場のテーマとなってきました。過去の経験則から、投資家は高金利環境下におけるハイイールド債、特にデフォルト率の上昇リスク、借り換えリスク、満期の壁への懸念を強めています。いずれの懸念ももっともではありますが、ハイイールド債のリスクは当初懸念されたほどは大きくないとMFSは考えます。発行体の慎重なバランスシート運営、金利環境の緩やかな改善、そして市場の力強いテクニカルを反映し、ハイイールド債は債券資産配分において潜在的なリターン創出源として引き続き重要な役割を果たすとMFSは考えます。
今回は違うかもしれません。図表1が示すように、中央銀行の政策金利の引き上げとその後のハイイールド社債のデフォルト率の上昇には、歴史的に高い相関があります。金利はここ数カ月で大幅に上昇しているものの、今回はデフォルト率が大きく上昇することはないと予想しています。力強いファンダメンタルズと強固なバランスシート、特にインタレスト・カバレッジ・レシオの上昇とネット・レバレッジの低下が、その主な理由です(図表2)。
デフォルト見通しも追い風です。Moodyʼsの直近のデータによると、米ハイイールド債のデフォルト率は今後12カ月で4%を下回る水準が予想されています1。企業のファンダメンタルズを別にすれば、当面の借り換えは容易であるとMFSはみています。総じて、ハイイールド債のデフォ ルト率が今後劇的に上昇することはないと考えており、これは支援要因です。
MFSの見解では、さほど高くはありません。満期の壁は、ハイイールド債に関する懸念として今年最もよく引き合いに出されるものの1つです。多くの投資家が知っている通り、新型コロナのパンデミック時、激動期のバランスシートを補強するために、ハイイールド債市場では大量の新規発行が行われました。2021年末時点におけるICE BofA Global High Yield Indexの加重平均残存年数は6.25年、平均満期日は2027年近辺でした。つまり、今後1、2年の間に借り換えが必要になる債券がインデックスに含まれていることは確かではあるものの、図表3が示すとおり、それは大半の発行体には該当しません。
2024年の債券元本の返済額はわずか690億米ドル、2025年には1,810億米ドルに増大するものの、両年を合わせても、2032年までの満期総額の11%にとどまります。Bank of Americaの調査によると、近い将来に満期を迎える債券の割合が低い理由は、発行体が今後の満期を先回りして管理しているためで、2024年と2025年に満期を迎える債券は1年前と比べて40%減少しています2。満期を迎える債券の額は2026年単年でインデックスの14%へと上昇しはじめますが、発行体が先回りして借り換え戦略を講じた結果、満期の最大の壁は2028年から2029年にかけてに後ずれしています。借り換えリスクは確かにあるものの、満期のピークが先送りされたことを考えれば、満期の壁に対する懸念は行き過ぎであるとMFSは考えます。
目先の満期額が抑えられていることに加え、満期を迎える債券の信用格付け構成も後押し要因です。格付けに関わらず発行体の借り換え金利は将来的に上昇する可能性が高いものの、低格付けの発行体で借り換え金利が最も大きく上昇します。ただし、下の図にある今後1、2年に満期を迎える債券を見ると、低格付け銘柄はごく一部に過ぎません。今後2年間に償還期限を迎えるハイイールド債の約86%はBBまたはB格です。借り換えを行う債券の圧倒的多数は、政策金利を上回る妥当なスプレッドで行われます。借り換えを必要とする発行体の格付け構成が健全であることから、 MFSはデフォルトの大幅な増加は懸念していません。高い借り換え金利に対応できない発行体は資本市場を断念するためです。
最下位格付けグループでは、発行体によっては既存債務の借り換えが複雑になる可能性がかなり高いといえます。CCC以下の格付け分類では、クレジット・スプレッドが1,000ベーシスポイント(bp)以上のディストレスト・レベルにある債券に主にデフォルトのリスクがあります。以下に、2025年までディストレスト・レベルにある債券のセクター別内訳を示します。
注目すべきはコミュニケーション・サービス、生活必需品、ヘルスケア・セクターです。これらセクターの発行体が直面している問題は各セクター固有の問題である可能性が高い一方、これらセクターのディストレスト銘柄の多くには、ビジネスのトレンドからの逆風が強く、構造的な課題を抱えている産業であるというパターンが一般的にみられます。特に、地元ラジオ局や実店舗型小売業などの産業は、金利環境に関わらず、業績へのストレスが続く可能性が高いでしょう。ディストレスト市場に活発に投資するにはリスクを伴うため、個別発行体ごとの信用分析を行う、クレジット・リサーチ能力の高いアクティブ・マネジャーを採用することを投資家にはお勧めします。
借り換えが債務返済に与える影響を評価するには、クーポン・レートが重要です。足元の利回りは過去10年と比較してかなり高いという負の見方があるにもかかわらず、インデックスの平均クーポン・レートはまだ比較的低い水準にあります。これは主に、高金利環境下で新規発行が低下していることによるものです。図表6に示すように、平均クーポンは足元の利回りを168bp下回っています。ハイイールド債の新規発行が回復すれば、借り換えの動きが活発化し、平均利回りは上昇すると予想します。しかし、当面満期を迎える債券が少ないことから、クーポン・レートの上昇はかなり緩やかなものになると予想します。歴史的な観点から見ると、ハイイールド債の最低利回りは世界金融危機(GFC)後の期間と比較すると高いように見えますが、単にGFC前の水準に戻りつつあるに過ぎないことは特筆に値します。言い換えれば、現在の水準が異常に高いとはMFSは考えていません。実際、この金利の正常化は、ハイイールドを含む債券への投資家の関心を復活させる上で大きな役割を果たしています。
ハイイールド債の発行体は、金利債務全体を管理するためにどのような戦略をとることができるでしょうか。発行体が高金利の影響をどのように管理できるかを示すある傾向が現在の市場に見られます。金利コストを削減するシンプルかつ効果的な方法は、単に債務を減らし、レバレッジを下げることです。米国と欧州のハイイールド債市場のネット・レバレッジを見ると、それぞれ約3割低下しています(図表7)。レバレッジの低下は、負債残高の減少により支払利息への影響が小さくなることで、短期的にはバランスシートの強化に寄与する見込みです。また、長期的には発行体にバランスシートの柔軟性がもたらされ、必要に応じて再度レバレッジを高める余裕ができます。
ハイイールド債市場の債務低下の背景には2つの要因があります。新規発行が全体的に低水準であることと、ライジングスター(ハイイールド債から投資適格に格上げされた債券)とフォーリンエンジェル(投資適格からハイイールド債に格下げされた債券)のバランスが大きく崩れていることです。ハイイールド債の純供給量、すなわち満期償還、借り換え、格付け変更を考慮後の市場に出回る新規発行額を見ると、企業がハイイールド市場での新規発行を控えていることがわかります。加えて、格付会社によるハイイールド債の格上げは格下げを大きく上回っています。格上げと格下げの差が大きく、ハイイールド債から投資適格債に移行したため、ハイイールド債が全体的に減少する結果となりました。また、中小の発行体が通常の発行市場から撤退し、代わりにプライベート・クレジット市場で資金調達を行う傾向も見られました。こうした状況が重なった結果、新型コロナ後のハイイールド企業の負債水準は低下しました。また、企業の収益と利益も全体的に回復しています。負債水準の低下と収益の回復が相まってレバレッジの低下を促しており、最終的には、発行体が将来的に再び借り入れできる余地が増える見込みです。
もうひとつの傾向は、担保付債券の増加です。実際、インデックスに含まれる担保付債券の発行は増加傾向にあります。担保付債券は担保に裏打ちされた債券であり、デフォルトに陥った際に優先的に返済されることで投資家のリスクが軽減されるため、クーポン支払いの軽減に寄与することができます。下の図に示すように、インデックスに占める担保付債券の発行残高は、コロナ禍での減少から、ここ数年で着実に増加しています。コロナ禍では金融政策の影響を反映し、金利はかなり低い水準にありました。そのためハイイールド債の発行体は、すでに低水準にあった借入コストに対して担保を差し入れる必要がありませんでした。今後、社債の償還期限を迎える企業が増加する中、発行体が十分な担保資産を保有していれば、金利コストの管理戦略として担保付社債への移行が持続すると予想します。
総じて、金利コストは上昇が予想されるものの、ハイイールド債の発行体に対する財務面のプレッシャーが軽減される要因はいくつかあると考えます。満期間近の債券がインデックス全体に占める割合は小さく、その中に含まれるディストレスト債の数も多くはありません。また、企業は負債を削減し、バランスシートを強化することができています。また、担保付融資のように資金調達手法を工夫することで借入コストの削減を続ける見込みです。こうした要因から、ハイイールド債は金利上昇局面を乗り切り、今後も堅調な相対パフォーマンスを維持することが可能であると考えます。
1 Source: Moody’s, Trends global default report, March 2024.
2 Source: Bank of America Global Research. High Yield Strategy: Tear Down This Wall as of 22 March 2024.
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